
新しいノートを買ったことがあります。
表紙が気に入って、今度こそ書こうと思いました。
初日はけっこう長く書きました。二日目も書きました。
三日目は少し短くなって、四日目はそのまま寝てしまいました。
そのノートは今、引き出しにあります。三日分だけ書かれたまま。
そんなノート、ひとつ持っていませんか。
面倒くさがりだから、ではありません
意志が弱いわけでもありません。
三日でとまった人の多くは、四日目に「書きたくなくて」やめたわけじゃない。
四日目の一日をとばしたこと自体は、実はたいしたことではありません。
本当の問題は、五日目に戻ってこられなかったことです。
とぎれることが問題なのではなく、戻り道がふさがれていることが問題なのです。
戻り道をふさぐ、三つのもの

一つ目は、日付欄です。
日記帳には日付が印刷されています。
一日とばすと、空白が残ります。
その空白はただの紙で、何の意味もありません。
なのにノートを開くたびに「書かなかったね」と読めてしまう。
空白が二つ、三つとたまると、ノートを開くこと自体が重くなります。
書くのが嫌になったのではなく、開くのが嫌になったのです。

二つ目は、毎日という決まりです。
誰かに決められたわけでもないのに、私たちは日記を毎日書くものとして覚えました。
毎日が基準になると、一日とばした瞬間、それは失敗になります。
そして失敗したことをまた掴むのは、はじめて始めるよりずっと難しい。

三つ目は、たまったぶんを取り返さなきゃ、という感覚です。
久しぶりにノートを開くと、一行目はこう始まります。
「最近忙しくて書けなかった」
おわびの文です。
今日の気持ちを書きに来たのに、欠席届を書いている。
それを書き終えるころには、言いたかったことは力尽きています。
つまり、日記が三日でとまるのは心が足りないからではなく、日記という形式が最初から「課題」として設計されているからです。
課題は、たまると捨てたくなります。
だから、こう変えてみました

1. 毎日は書かない、と先に決める
始める前に決めます。これは毎日やるものじゃない、と。
書きたいときだけ書きます。週に一度でもいい。
目標を下げるのではなく、失敗しうる条件そのものをなくすのです。
とばせない決まりなら、たまる日も生まれません。

2. 空白を、つくらない
日付が印刷されたノートは使わないでください。
日付欄があると、書かなかった日が見えます。その瞬間から罪悪感がたまる。
日付のない場所に書けば、空白そのものが生まれません。
書かなかった日は、ただ「無い日」になる。記録されないのです。
空白のページを残さない一番確実な方法は、空白のページがない場所に書くこと。
メモアプリでもどこでも、続けて足せればいい。

3. 一行で、完成
「今日つかれた」。それで終わっていいんです。
分量の基準をつくった瞬間、書く力のない日は「書けない日」になります。
でも本当に記録が要る日ほど、力のない日なのです。
一行も記録です。短く書いた日が積もって、長く書ける日が来ます。

4. とぎれた場所から、そのまま続ける
久しぶりに書くとき、おわびから始めないでください。
「しばらく書けなかったけど」で始めない。
ただ今日の気持ちから書きます。昨日も書いた人のように。
空白は説明する必要がありません。誰も検査しません。
あなた以外、そのノートを見る人はいないのですから。

ただ、これで足りない時もあります
- 眠れない日が続く、または眠りすぎる
- 食べるのがつらい
- 洗う・掃除といった基本的なことができない
- 自分を傷つけたくなる
そんな状態なら、記録で解決しようとしないでください。その時は、専門家に会うのが正解です。
記録は心を整理する道具で、治療ではありません。
私は心の専門家ではありません。ただ、話す場所がなかったことのある人間です。

🌲 私は「名もなき森」という匿名の記録の場所をつくっています。
コメントも評価もなく、ただ書きとめるだけの場所です。
https://nameless-forest.com/ja?utm_source=note&utm_campaign=three-day-diary
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