手書きとタイピング、感情の整理にはどちらがいいか
感情日記を始めようとして、ノートを買うかアプリを使うかで迷ったこと、ありませんか。

調べてみると手書きがいいという話をよく見かけます。ところが実際にやってみると、ノートはだんだん持ち歩かなくなるんですよね。

私は両方を長く使ってみました。どちらがいいというより、出てくる文章がまるで違います。 今日はその違いの話です。


違いの正体は速さです

手書きとタイピング、感情の整理にはどちらがいいか

手書きとタイピングの決定的な違いは、紙か画面かではなく、手が思考に追いつけるかどうかです。

タイピングは思考の速さにほぼ追いつきます。だから浮かんだものがそのまま全部出てきます。

手書きは追いつけません。一文書いているあいだに、頭の中では三文が過ぎていきます。すると脳が勝手に選びはじめます。何がいちばん大事かを決めてから、手が動くんです。

同じ一日を書いても結果が違うのは、これが理由です。


手書き — 遅いから、ろ過されます

手書きとタイピング、感情の整理にはどちらがいいか

手で書くと、文の数がぐっと減ります。かわりに残った文がすでに一度整理されたものになります。

その日の雑多な出来事ではなく、「結局ひっかかっていたのはこれだった」に近いものが出てきます。遅さそのものがフィルターの役割をしているんですね。

だから手書きは結論が必要なときに向いています。これを続けるかやめるか、あの人に言うか言わないか、といった判断のいる日です。


タイピング — 速いから、生のまま出ます

手書きとタイピング、感情の整理にはどちらがいいか

タイピングは逆です。整理されていないものがそのままあふれ出ます。文が長くなり、前後がつながらず、同じことを二度書いたりもします。

でもそれは欠点だけではありません。中にたまったものを外に出すのが目的なら、まさにこの方式が必要なんです。ろ過されると、抜けていきませんから。

頭が破裂しそうな日にノートを開くと、かえって息苦しい。手が追いつかないからです。


それぞれの副作用もあります

手書きとタイピング、感情の整理にはどちらがいいか

手書きの副作用は検閲です。 消せないので、書く前にもう一度考えてしまいます。「これは残ると困るな」と思う文は、そもそも書かなくなるんですよね。整理には向いていますが、いちばん出すべき言葉が抜けることがあります。

タイピングの副作用は編集です。 消すのが簡単すぎて、ずっと直してしまいます。一文書いて消して、また書いて。するといつのまにか、整理ではなく文章書きになっています。うまく書こうとした瞬間、正直さが減ります。


だから私はこう書いています

手書きとタイピング、感情の整理にはどちらがいいか

私のやり方はタイピングするけれど消さないことです。

打ち間違えてもそのままにします。言葉がねじれても書き直しません。バックスペースを押さない、という規則をひとつだけ守ります。

こうすると、両方のいいところだけが残ります。タイピングの速さで全部出しながら、手書きのように消せないので編集にならないんです。

最初はぐちゃぐちゃなのが気になります。でも何日かやると分かります。どうせ誰も見ませんし、ぐちゃぐちゃなまま残った文がいちばん正直です。


まとめると

手書きとタイピング、感情の整理にはどちらがいいか
  • 違いは紙か画面かではなく、手が思考に追いつけるか
  • 手書きは遅いからろ過される。 文は減るが、整理されたものだけが残るので結論を出しやすい
  • タイピングは速いから生のまま出る。 たまったものを出すのが目的ならこちら
  • 副作用も正反対。手書きは検閲、タイピングは編集
  • ひとつ選ぶならタイピングするけれどバックスペースを押さないこと

ただ、これで足りない時もあります

手書きとタイピング、感情の整理にはどちらがいいか
  • 眠れない日が続く、または眠りすぎる
  • 食べるのがつらい
  • 洗う・掃除といった基本的なことができない
  • 自分を傷つけたくなる

そんな状態なら、記録で解決しようとしないでください。その時は、専門家に会うのが正解です。記録は心を整理する道具で、治療ではありません。

私は心の専門家ではありません。ただ、話す場所がなかったことのある人間です。


🌲 私は「名もなき森」という匿名の記録の場所をつくっています。
コメントも評価もなく、ただ書きとめるだけの場所です。
うまく書く必要のない場所です。
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